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Tuesday, September 11, 2012

パターン分析2

パターンの分析の仕方について、常に疑問が浮かぶ。

例えば、BJはBJクリニックで外部の情報を排除するためにシールドした部屋で検査を行ったというが、これで本当にパターンが分析できるのだろうか?よく、検査前にはコーヒーを飲まないでくださいというが、それは本当に意味を成すのだろうか?アクセサリー類を取ってもらうことに意味はあるのだろうか?静電気を除去することで身体の状態が変わるのは適応した結果じゃないのか?………


なぜこのように考えるかというと、パターン分析というのはその人の“自然”な状況で測られるべきなのではないかと最近思うからだ。地球の磁場、電磁波、放射線、静電気、その他身体の外部から受ける影響というのは、この地球上で生きている限り逃れる事はできない。逆にそれらの外的環境の影響があるからこそ生き物の身体はそれに懸命に適応し、生きる事ができる。それが“自然”なのだ。本当に外部の環境を全て排除してこそ、身体の状態が判断できるのだろうか?外部の環境を全て排除してしまったら、生き物は生きられなくなってしまうんじゃないのか?その状況は自然と言えるのか?その状況での判断は、言わば“不自然”の中での判断ではないのか?パターン分析というのはその人が外的環境に適応できているか、できていないかを検証する為のものであり、外的環境有りきの生命であり、外的変化有りきの内的適応ではないのか?


BJの言いたい事もわかる。科学的検証というのは、変数因子を出来るだけ少なくし、あるものを特定的(Specific)に観察することで、やっと検証ができる。変数を限りなくひとつに近づける。しかし変数を限りなくひとつに近づけるという行為は、この地球上に生きるものにとっては不自然で生きられない環境になってしまい、生命力の適応範囲を大きく逸脱してしまう。


そこで、逆に変数因子や判断基準を人によって変えることでパターンの分析ができないかと考えている。例えば、室温、湿度の変化、アクセサリー類の有無、コーヒーを飲む前後、静電気を逃がす前後…等々、“クライアントさんにとっての自然”な状況において環境の変化を与えて、身体に変化が起きるか起きないかを観察すれば、パターンかどうかを分析できるのではないだろうか。

今日、ひとつDr. Hartからおもしろいことを聞いた。「タバコを吸う前後で背中の温度を測ったら特に変化がなかったんだ」だそうだ。推測するに、環境が変わったにも関わらず身体が適応できていない or 被験者はタバコを常習的に吸っているので、時間を掛けてタバコの影響に適応した結果、背中の温度に影響が出なかったという、一見正反対の結論に至る。ここで、その“クライアントさんにとっての自然”が重要になってくる。このクライアントさんにとっての自然はタバコを定期的に吸う事。長期的、定期的に吸っていれば、イネイト(生命力)が100%発揮できていなくても身体は適応できる。つまり一見正反対の結論に至ったように見えたが、その“クライアントさんにとっての自然”を考慮することで結論はひとつになるのだ。もしこのクライアントさんが、極めて希にしかタバコを吸わないとすると、所謂「ストレスリーディング」という身体の適応現象が見られるか、よほどイネイトが働いておらずに変化が見られないかのどちらかになるはずだ。これはタバコに限らず、コーヒー、その他にも置き換えられる。コーヒーを毎日3杯も4杯も飲むような人にとって、もはやカフェインの影響は少なく、すでに時間をかけてイネイトがカフェインに適応しているので検査前にコーヒーを飲んでも良いということだ。



従って、パターン分析はこちら(カイロプラクター)が同じ環境を全てのクライアントに強要するのではなく、クライアントにとっての自然を考慮し、その状況に応じて検査、判断を変えていかなければ本当のパターン分析は達成されないと現段階では思っている。

Be water

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