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Monday, March 24, 2014

カイロプラクターは何もコントロールできない

医療とカイロプラクティックは全くの別物。


巷では、
『カイロプラクティックは頭痛・肩こり・腰痛の治療、骨盤・姿勢矯正するもの』

と、“医療まがい”として間違って認識されているのが現状だ。








でも本当は全くの別物。








医療の大きな特徴としては、

医療従事者が患者さんの状態を “コントロールする” ところにあると思う。


高血圧には降圧剤。
糖尿病にはインスリン。
風邪には抗生物質と解熱鎮痛剤。
下痢には下痢止め。


この病気にはこの薬で、この症状にはこの薬、またはこの療法で…といった具合で患者の状態を “コントロール” しようとする。





つまり、医療は患者に行うことがどう作用するかが明確にわかる。














一方カイロプラクティックの大きな特徴としては、

クライアントさん自身で “コントロールしてもらう” と言ったところだ。




カイロプラクターが行う事はひとつ。

出せるはずの力が100%出し切れていない状態である脊椎サブラクセーションを見つけ、分析し、アプローチすること。



結果的に身体生理機能が正常に機能し出すので、人によっては耳が聞こえるようになったり、眼が見えるようになったり、病気が治ったり、症状が消えたり、医学的にみると奇跡と呼ばれる事が起こったりと、カイロプラクターが行う事がどう作用するのか明確にはわからない。








医療との違いは、

コントロールできるかできないか











医療は、
血圧を薬で上げ下げできる。
血糖値を薬で上げ下げできる。
菌を薬で殺せる。
熱を下げられる。


カイロプラクティックは、
なに一つコントロールできない。









カイロプラクターがやる事の結果が予測できない、またはコントロールできないからこそ、医療従事者からすればカイロプラクティックは無責任でエビデンスに乏しく怪しいものとして見られるんだろう。








カイロプラクターの僕からすれば、
その人の体の事を一番知っているのは、その人自身しかいないと考える。
詳しく言えば、その人を一つの受精卵から分裂、分化、出産、成長、老衰まで全ての生命活動を “コントロール” しているのは、医者でも治療家でもなくその人の『生来の叡智』だけ。


その『生来の叡智』が正しく全身をコントロールできている時には、絶対に異常な方向には進まない。


もし異常があれば、『生来の叡智』がその状況を把握し、どうすれば正常化するか判断し、実行する。


その結果、症状の緩和、病気の治癒など、“ひとつの現象”として起こるため医療と混同されてきてしまったのが現状だ。




耳が聞こえるようになった。
眼が見えるようになった。
高血圧が治った。
低血圧が治った。
糖尿病が治った。
生理不順が治った。
肩こり、頭痛、腰痛、姿勢の歪みが治った。






それらはカイロプラクティックによって治ったのではなく、その人が正常化した(在るべき姿に戻った)だけ。先ほど『カイロプラクターが行う事がどう作用するのか明確にはわからない』と書いたがひとつだけ明確にわかることがある。それは“正常化”するということ。




カイロプラクターは何もコントロールできない。







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