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Tuesday, March 18, 2014

鷹の道 vol. 1

僕のカイロプラクティックとの出会いは、12、13歳の時。



その当時、僕にとってカイロプラクティックとは

「整体、ボキボキ、マッサージ、白衣を着た少しマッチョなおじさん」

という印象だった。




11歳頃から野球をはじめ怪我を繰り返していた当時、『怪我を治して欲しい』という目的で地元にあった"カイロプラクティック整体院"に向かった。




特に治るでもなく、全身を揉みほぐして所々ボキボキ鳴らして終わっていたそこの"カイロプラクティック"。




そこの先生の話を聞くところによると、プロ野球の球団から選手のケアをして欲しいとオファーがあったらしく、当時の自分にとっては興味をそそられない訳が無い(笑)



怪我を繰り返し人体に興味を持っていたのも手伝って、僕の頭の中にある『将来やりたい職業リスト』にカイロプラクティックが入った。






そんなある日、宮崎の大学に通う姉に車の中で、



「将来カイロプラクティックやるっちゃ〜」


と言ったのを覚えている。





その言葉がキッカケになったか否か、数ヶ月後に姉が


「私大学辞めてカイロプラクティックの学校に行きたい!」


と言い出した(笑)





必死に大学を卒業するように説得する両親。さっさとやりたいことをやりたい姉。なんとか折り合いがついたのか、大学卒業後にカイロプラクティックの専門学校に通うことになったようで、事の発端?になったかもしれない自分は一安心(笑)






その当時、月に一回ほど宮崎出身のカイロプラクティックの先生が兵庫から説明会を開きに来宮しており、姉はその説明会に参加してカイロプラクティックをやろうと決意したそうだ。




14歳のある日、宮崎で行われる説明会に僕も参加した。




カイロプラクティックは受けたことあるけど、何やらその先生は国際的な学位持ち?世界じゃカイロプラクターはドクター?ん??というナゾだらけだったので興味本意だった。





その説明会は、最初に脊柱模型やホワイトボードを使って説明して後ほど体験施術という流れ。






以前通っていたカイロプラクティックとは違い、神経と脊椎の関係について説明してくれて、初めて腑に落ちた。




そして体験施術へ。



正直何をどうされたか覚えていないが、ひとつだけ覚えている事がある。


それは、
首あたりの施術をされた時の体の変化。いろんなとこに行って来たけど、『これなら本当に健康になれる!!!』という直感に、14歳の僕は将来の道をその場で決めた。


「カイロプラクターになる!!!」







しかしその頃にはまだ、カイロプラクティックとは何たるかを深く知る事はなかった…




vol. 2 へつづく…

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