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Wednesday, March 19, 2014

鷹の道 vol. 2

14歳の時にカイロプラクティックをやろうと決意してから、カイロプラクティックの学校探しが始まった。




以前のブログで書いたように、宮崎で説明会を開いていた先生にある学校を勧められた。



それが後の母校、マードック大学(日本校)だ。






日本にはたくさんのカイロプラクティックの学校が存在するが、その宮崎出身の先生の話を聞くところによると、


『カイロプラクティックは世界保健機関に認められた医療で、 欧米諸国ではカイロプラクティックの学位がないと開業出来ない。日本もいずれ法制化されれば、欧米諸国のように学位がないと開業できなくなるかも』


ということで、その当時の自分の中にはカイロプラクティックの大学入学という選択肢しか頭に無かった。






留学するには金銭的にきつい。
そこで候補にあがったのが新たに東京で開校するという“マードック大学”だった。



自分が14、15歳の時にはまだ、“マードック大学の開校が計画として浮上している”という段階の話しか伺ってなかったが、自分の意思はすでにそこに向かっていた。







「よし、カイロプラクティックの学校は決まった!次に高校を決めんといかんな!!」


という具合で若さの勢い?で、高校探しにシフト(笑)






野球も諦めてなかったので甲子園も行きたかったが、

「地元の強豪校に行くと試合に出れんかも。出れんとつまらん。とにかく試合に出られるような学校で、進学校へ行こう!」




という訳で、自宅から自転車で5分弱の宮崎県立延岡西高等学校普通科(現、延岡星雲高等学校)に進学した。







県内有数の進学校と言うわけではなかったので入学するまで完全にナメていたが…



当時の僕にとっては、カイロプラクティックを勉強したくてしたくてたまらなかったので、日々大学受験の為の勉強をすることは苦痛でしかなかった…






そんな苦痛とも言える高校生活があったからこそ、マードック大学でも色々と乗り越えられたと今でこそ思うが。



vol. 3へつづく…

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