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Wednesday, April 9, 2014

医療 vs カイロプラクティック?

なぜカイロプラクティックの発見者D. D. Palmerはカイロプラクティックの定義にDis-easeというワードを入れたのだろうか。




それは、医療に"対抗"したかったからだろう。





カイロプラクティックの発見直前、D. D. Palmerは言わずと知れた磁気治療家だった。それまではハチミツを売ったり食べ物を売ったり教師をしたり、宗教や神秘的なものに興味を持って探求したりと、実に多くの職業に就いたと言う。



知識や教養、知的好奇心が強かったのだろう。ある時、「なぜ同じテーブルで同じ食事をして同じ家で過ごすのに、ある人は病気になり、ある人は健康なのか?」という疑問から、体の外に原因を求める医療に対抗して、体の中に原因を求め始めたD. D. Palmer。




そこで使用人の脊椎サブラクセーションを手で正して聴力が回復したことから、外に原因を求める医療に対抗して中に原因を求める新たな分野としてカイロプラクティックを世に産み出したのだ。











ある日D. D. Palmerがカイロプラクティックをやっていると、『医療免許無しに医療行為をしている』という事で逮捕された。



裁判で有罪判決が下された時彼は、


「カイロプラクティックは有罪じゃない!!!医療こそ、病人を治せない事で有罪なのだ!!!」と叫んだという。




このように、医療に対抗しようとしたことがカイロプラクティックが本来のカイロプラクティックの本質から遠ざかってしまった所以なのかもしれない。そのため彼は、"純粋なカイロプラクティック"と"医療を混合させたカイロプラクティック"とを区別するためにStraightとMixerという名を付けなければいけない羽目になってしまった。











Dis-easeやDoctorというワードは、どうしても医療を連想させる。





そのD. D. Palmerの選択と決断は強烈に医療に対して対抗意識を持っていたからこそのものだ。








僕は医療に対抗する、または医療を意識するカイロプラクティックから脱却すべきであると個人的に思う。



つまりカイロプラクティックという名前ではなく、カイロプラクティックの本質を継承していくために医療と対抗する現行のカイロプラクティックから離れなければならない。






それがReggie Gold DCが定義した、Objective Straight Chiropracticからの、日本で結成されたObjective Straight Springなのだ。





もちろん、医療に対抗するカイロプラクティックを続けて行くのも良い。僕も医としてのカイロプラクティックで"改善"された方を多く見てきたので、その存在を全く否定するつもりはさらさら無い。




ただやはり、僕個人としては医に限定される現行のカイロプラクティックでは窮屈感を覚えてしまう。





カイロプラクティックは特定の症状や病気のためにあるのではなく、その人が本来のあるべき姿として最大限に生きていくことができる、所謂限定されない " Borderless" な存在であると思うからだ。




これは個人の判断によって選択、決断されることであり、他人が干渉すべきことでも無いし、するつもりも無い。







ただ誤解を免れたいのは、カイロプラクティックはひとつということ。






つくづく、人の価値観の多様性に感心する。
その人の価値観によって表現の仕方が異なるので、同じカイロプラクティックという名の下にも人の数だけ"カイロプラクティック"が存在するのはなんとも面白いところだ。




その多様性がなければ、変わりゆく環境下で生き残ることができない。







世の中色んな人がいるから可能性に満ち溢れている!







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