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Thursday, September 11, 2014

サブラクセーション

サブラクセーションであること、



それはそれで、別になんら悪いことではない。



カイロプラクティックが誕生して119年、それ以前に世の脊椎動物はサブラクセーションであったものもいれば、そうでないものもいただろう。




人間においても、サブラクセーションでありながらもいのちを繫いできた人もいれば、そうでない人もいただろう。
人によっては、サブラクセーションによって恩恵を受けた人もいると思う。



もしかしたら、ベートーベンも、ノーベルも、フォードも、D. D. Palmerも、湯川秀樹も、福岡正信も、岡本太郎も、イチローも、錦織圭も…? 皆サブラクセーションだったかもしれない。

それは調べようがないので、否定も肯定もしない。






全ては天然自然の産物であるとするならば、サブラクセーションも人為も何もかも全て天然自然の産物である。








天然自然界では「良い、悪い」という価値判断など無意味で、ただ今その状態が「ある」ということしか言えない。







故に、サブラクセーションが良い悪いではなく、ただサブラクセーションという状態があるに過ぎない。






あくまでもこれは僕のスタンスではあるが、人類皆がサブラクセーションであろうがなかろうが、それを良い悪いと議論するつもりはない。




ただ自分の体験、体感、経験を通して言えることは、



サブラクセーションフリーであることが、

どれだけ自分を解放することか
どれだけ自分に自信を持てることか
どれだけ思っていたよりもずっと楽に生きられることか
そして、どれだけ満たされ楽しく活きられることか!






僕にとってサブラクセーションフリーであることは生きる"ベース"であり、世界を広げてくれる"翼"でもある。




それは、
僕の生きようとする力が滞りなく神経を通し、生きる為に必要な情報を、必要なだけ全身に運んでいるおかげだ。







もし、滞りがあれば…


それなりの人生は送れるだろうが、結局"それなり"になってしまう。







可能性を広げるのか広げないのか、それは自分次第!







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