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Friday, May 29, 2015

カイロプラクティックは他人と比較しない

カイロプラクティックにおいて、クライアントに対する見方は大きく一般的なそれとは違う。




どういうことか。






カイロプラクティックでは、

“こうあるべき”、“こうでなければならない”、“こうしてはダメ”

という比較判断基準は外にはない。





例えば、クライアントさんの脊椎が大きく“歪んでいる”とする。

ひとはそれをまっすぐに治そうとすることだろう。




例えば、クライアントさんが“足を組む”とする。

ひとはそれをやめさせようとするだろう。



例えば、クライアントさんが“平均体重”より重いとする。

ひとはそれを減らそうとするだろう。



では、

例えば、クライアントさんが“平均身長”より高いとする。

ひとはそれを縮めようとする…のか?



例えば、クライアントさんの右手が左手より大きいとする。

ひとは右手を小さくしようとする…のか?



例えば、クライアントさんの声が高いとする。

ひとはそれを下げようとする…のか?






学校や会社など、自分以外と共に生きる社会というルールの中で生きるには、

『比較して判断する』ということは避けられない。





だがカイロプラクティックにおいては、その比較対象は存在しない。






自然を見渡しても、一番小さな浮草という見事に美しい花は隣の蓮の花に劣等感なんて感じていない。その蓮の花もちょっと離れたところにある大きなひまわりの花を羨ましく眺めていない。



それぞれが与えられた環境、与えられた肉体全てを使って生命を表現しているに過ぎないのだ。






あなたも、あなたの隣人もそう。




他人と比べ、身長が低かろうが高かろうが、鼻が低かろうが高かろうが、手足が短かろうが長かろうが、それはあなたには関係ない。




それよりも、あなたはあなたで自分自身を受け入れ、胸を張って生命を全うすることのほうがよほど潔く、美しく、そして尊い。と僕は思う。






あなたは既に、100%なのだ。




足りないものを補ったり、余ったものを削ぎ落したりはあなたの自由だが、



周りの基準に合わせるのではなく、あなたの100%を求めよう。



テストで100点を取れなくても、自分のベストを尽くそう。











カイロプラクティックの33の原理原則の7番目に、こういうものがある。


No. 7 The Amount of Intelligence in Matter
  The amount of intelligence for any given amount of matter is 100%, and is always proportional to its requirements.


第7番. 物質における叡智の量
 如何なる物質における叡智の量は100%であり、常にその必要とされる量と釣り合っている






すでにあなたは、完璧なんです。


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