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Sunday, July 19, 2015

価値

アメリカ訪問を振り返る毎に、カイロプラクティックへの思いが強くなる。



僕にとってのカイロプラクティックの価値というものが、磨かれていく感じだろうか。






価値観は人それぞれ違う。



同じものでも他人と同じだけ価値を見出す事は不可能だ。




それは「カイロプラクティック」という一つの単語に関しても同じことが言える。



「カイロプラクティック」という単語を目にしたり耳にした時に抱く価値というものはそれぞれ異なるだろう。








この絵を見て頂きたい。


この絵は、215億円で落札されたピカソの作品だ。





あなたにとって、この作品に215億円の価値を見出せるだろうか…







少なくとも僕には215億円の価値は見出せない。






価値観を持っているのは人間だけで、その価値観の違いによって諍いが起きている。





カイロプラクティック業界においても、たった一つの名詞である「カイロプラクティック」における争いは絶えない。


それは、カイロプラクティックそのものへの価値を見出す人達と、地位や名誉、それによって得られる生活レベルというものに価値を見出している人達との二つに分けられ、両者の譲れぬ闘いの歴史が雄弁に物語る






カイロプラクティックそのものにどれだけ価値を見出せるか。





それがその人の生き様となる。



Thom & Betty Gelardi DC達と過ごした時間で、ご両名が「カイロプラクティック」に抱く価値というものを全身で感じる事ができた。






それは僕にとっての215億円で落札されたピカソの作品よりも価値があるものになっている。


というよりも寧ろ、価値を付けられない。





先日、僕の彼女がジュネーヴから一時帰国した。



約7ヶ月ぶりのスパインチェックでは、サブラクセーションの兆候は見られなかった。




これほど嬉しいことはないし、これほどパワフルなカイロプラクティックにとことん感謝している。





あなたにはどう映るだろうか?



「カイロプラクティック」





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