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Sunday, December 27, 2015

カイロプラクティックの法制化

カイロプラクティックは、日本において法的に確立された職業ではない。


法的に定められた教育内容も教育基準も一切無いので、誰でも『今から』自称カイロプラクターになれるのが現状だ。




欧米諸国では法制化されており、国家資格化され立場が確保されている。




以前、とあるカイロプラクティック法制化推進団体からのアンケートに応えさせて頂いたが、正直に言ってカイロプラクティックの法制化を望んでいるか、望んでいないのか、自分でもわからなくなる。



ある意味、望んでないし、同時に望んでいる部分もあるからだと思う。





なぜ望まないかと言うと、

カイロプラクティックの独自性が欠落している現段階の"国際基準"カイロプラクティックに違和感を抱かずにはいられないからだ。

"国際基準"のカイロプラクティック教育を受けたカイロプラクター達の9割9分がカイロプラクティックを頭痛、肩こり、腰痛、病気等の回復に利用しているのが実状だ。



自分の経験上、カイロプラクティックを追求すればするほど、「症状、病気の回復」という目的がフィットしなくなる。




一体、自分は何のためにカイロプラクティックをしているのか、他と同じような事をしててカイロプラクターと名乗る意味はどこにあるのか、カイロプラクターとしての存在価値はどこにあるのか…そんな疑問を抱かずにはいられなくなってしまう。




カイロプラクティックの生誕の地アメリカでは、カイロプラクティックの独自性はほぼ消滅したと言っても過言ではない。


それはカイロプラクターが症状、病気の回復、健康の維持を目的としたためである。

するとどうなるか。


カイロプラクターとしてできる事に限界を感じるために、他の業種の手法を取り入れるカイロプラクターが続出するのは容易に想像できるだろう。


だから現行のカイロプラクティックの法制化に賛成できないところがある。

しかしながら、当人は「症状、病気の回復、健康の維持」という目的を達成しているし、多くの利用者の幸福に貢献しているので存在を否定する理由ははどこにもないし、誰も悪くない。




その人自身が、カイロプラクティックという職業にどう向き合うかという問題だけで、現在の9割9分のカイロプラクターの存在が問題だと微塵も思っていない。



自分を省みた時に、志賀隆史という人間は「カイロプラクターと名乗る事に誇りを持てるか」という事が引っかかったために、カイロプラクティックの独自性というものを強く意識しはじめ、同じ境遇の人がいればと思い啓蒙しようと決意しただけだ。












逆になぜ法制化を望むかというと、

権利の確保だ。


カイロプラクターとして人の体に触れさせて頂く事をせずして目的を達成する事は難しい。



法律上、人の健康を害する虞のある職業は禁止される。


カイロプラクティックという職業が禁止されない為には、人の健康を害する虞がない事を立証しなければならない。



自称カイロプラクターによって、人体の健康を害したケース(事故)と言うのは、毎年消費者生活センターに報告されている。



このまま事故が報告され続ければ、カイロプラクティックという職業は危険だと認知され、法的に禁止されてしまう可能性がある。



カイロプラクティックという職業を守るという意味では、カイロプラクティックを医療として括り、「症状、病気の回復、健康の維持、増進」という医療の目的の下、代替医療として立場を確保するというのが、法制化推進団体の思うところだろう。







アメリカでは、医療として法制化する事を選んだ経緯がある。



それがあってアメリカの現状があるのだが、どちらの道を選ぶのか、悠長に見守っている場合ではないのは確かだ。







でもどのような状況になっても、カイロプラクティックはできる。




どちらに転んでもやる事はひとつ。

脊椎サブラクセーションを見つけ、分析し、正すことだけだから。



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