Pages

Saturday, June 25, 2016

脊椎サブラクセーションの定義

先日、遥々韓国から訪れたカイロプラクター達に質問した事がある。



「脊椎サブラクセーションとは?」




彼らはガンステッドセミナーを受けに来日したようだが、ガンステッドでのサブラクセーションの定義や、トルクリリース、AK、NSA、ディバーシファイドなどその他の各テクニック毎に、カイロプラクティックのコアである脊椎サブラクセーションの定義が異なっている。




なぜこんなにも、我々の中心である脊椎サブラクセーションの定義が違うのだろうか。




これは個人的な見解ではあるが大きな要因として、
①創始者であるD.D.Palmerが"治療家"だったこと
②実践者達の焦点がズレていること

以上の因子がカオスな現状を創り出している。




他人の人生をとやかく言うつもりでもないし、どう生きるかは個人の自由で干渉するつもりでない事を先に断っておく。




ただカイロプラクティックに迷っている方に向けての一つの指標となればと思い意見を述べようと思う。




さて、①の創始者であるD.D. Palmerが治療家だったこと
だが、これは我々TIC道の存在意義でもある『目的』の重要性に関わっている。


難聴であった使用人の背骨に出っ張りがあり、そこを押してみたら聴力が回復したという事から始まったカイロプラクティック。

つまりカイロプラクティックを創始した本人が、"治療の為の手段"として脊椎を対象として治療行為に至った経緯がある。

常日頃D.D.は、
「なぜ同じテーブルで同じ物を食べているのに、ある人は健康である人は病気になるのか」
という疑問に対し向き合っていた。



そこで彼が着目したのが脊椎だったのだ。



彼の『目的』は治すことであり、所謂医療としての一手技にしか過ぎなかったわけだ。



従って、彼の治療家という在り方自体が、後に脊椎サブラクセーションの定義を混沌とさせた要因の一つとなったと考えている。





続いて②の実践者達の焦点がズレていること
だが、これはD.D. Palmer以後の多くのカイロプラクター達の焦点の問題である。


これは①に付随するものではあるが、依然として手技療法として実践する者が多くいた。


「我々は万病の元を発見した」、
「これこそが病人を良くする方法だ」と。



その他にも実践者達の多様な目的によって焦点が、富や名声、新たな療法の創始、趣味とブレたり、テクニックの追求、イネイトインテリジェンス、アジャストメント、脊椎サブラクセーションの原因や脊椎サブラクセーションの結果、またその予防へと焦点がズレ、コアである脊椎サブラクセーションが確立される前に都合の良いように書き換えていったのだ。




以上のように、実践者の焦点がどこにあるかによって脊椎サブラクセーションの定義が書き換えられた経緯があると見ている。







どこにフォーカスするか。


カイロプラクティックは、脊椎サブラクセーションに焦点を合わせる。






No comments:

Post a Comment