Pages

Thursday, September 1, 2016

インテリジェンス


存在の根源となっているのがインテリジェンスだ


というのがカイロプラクティックの基本的な考え方にある。


一般にインテリというのは頭が良い人のことを言うが、頭が良いとはどういうことだろう。

「この人は頭が良いな〜」と思うのはどんな時だろうか?


おそらく単なる知識の蓄積、羅列よりも、知識を多彩に組み立てる能力のある人と接した時に感じると思う。


私は割と知的好奇心が強い方で、おもしろいと思ったものはある程度腑に落ちるまで追求する。逆に興味のないことにはとことん興味がないが…(笑)






なんでだろう?と思うのは人間が人間である大きな特徴であり、多くの意味付けによって自分や他人、世界の存在が特定される。


宇宙という空間には分子、原子、陽子、中性子、電子、ニュートリノ…と素粒子で満たされていて、そのランダムにある万物の素材が集まることで形を成すというのが現在の人智の及ぶところだ。


その無数にある素材を活かして初めて万物が存在することができ、その素材を組み立てるプロセスそのものがインテリジェンスだと言える。





それはまるで「シュレーディンガーの猫」のようなものだ。




逆に、インテリジェンスを全く無視した場合、そこには自分も宇宙も素粒子も何も無くなる。

「有」はインテリジェンスの作用によって特定され、インテリジェンスがなければ素材も応用力も無いので、そこには存在も何も無いという無限の「無」となる。





つまり私の主張は、すべてを創り出しているのはインテリジェンスそのものであり、そのインテリジェンスを持った者が自由にすべてを創り出せるということだ。

もっと簡単に言えば、すべては自分次第ということ。







自由に作って組み立てて、生きたいように生きている。

No comments:

Post a Comment