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Friday, September 9, 2016

深化 Progression

ものの見方、裏付け、技術についても、深化なしには発展はない。


学校というのは、最低限の基準を設けてそれをクリアしさえすれば卒業できる。

しかしながらカイロプラクティックに関しては、学校を出ればカイロプラクティックの全てを心得た者とは言い切れない。

あくまでも最低限のラインをクリアしたに過ぎないわけだ。




例えて言えば、音楽の授業だ。
リコーダーである曲の練習をして、楽譜に書いてある通りに音を出せるようになったら、ほとんどの人がそこで満足する。

でも音楽の道に進もうと思っているのであれば、作曲者の性格、時代背景、想いを楽譜から読み取り、リコーダーのメンテナンス、指のタッチ、息の吐き方、体の使い方など、無限に深める項目があって終わりはない。




その道を進もうと決意したのであればその道を突き進めば良いのだが、やむをえない場合を除き、多くが違う道へと進んで行く。





それが良い、悪いというわけではなく、大変であれ学んだことをより深化していくことの面白さをカイロプラクティックは私に教えてくれている。





日々実践する中で様々な壁に直面する。


その壁を突破するには、より哲学、科学、芸術を深化していく以外にはない。





幸い、日本にはカイロプラクティックの哲学、科学、芸術をまっすぐに深化させているカイロプラクターが数人現役で存在しているため、壁に直面したときにその先輩方の一言、所作でハッとして壁をぶち破ることができる。





早合点や、わかったつもり、できているつもりは深化、進歩を生み出さない。







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