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Monday, October 23, 2017

もう一人の自分を知るには

前回のブログで出てきた "もう一人の自分"。

それは後天的に得た知識や過去の経験に基づいた上での自分ではなく、

普段の生活では気付かない自分。



そのコンセプトを伝えるのは難しいが、

植物を見れば理解しやすい。


植物はただ黙々と生きようとしている。

何も主張はしない。


与えたれた環境で、

ただひたすらに根を伸ばし幹を伸ばし葉を生い茂らせ花を咲かせ実をつけて生きようとしている。

しかも季節によって、

何をやるべきか、どうすれば生きていけるかを誰から教わるでもなく "勝手に" やっている。



あなたは、

今の状況で必要な心拍数、血糖値、血圧、コレステロール値、各ホルモン量、自律神経のバランス、脳内での情報処理、代謝、修復などなど、生きるためにどうすべきか頭でわかるだろうか?

全てを同時に考えて、生きるために必要な全部をコントロールしているだろうか?



そう、誰もが簡単にわかるように、

それは誰に言われるでもなく "勝手に" コントロールされている。


では誰が勝手にコントロールしているのだろうか?

それがあなたの中にいる "もう一人の自分" だ。

ただひたすら、

与えられた環境で生きるためにやることをやっているだけの "もう一人の自分" が、

寝ても覚めても常に頑張っているからあなたは生きていられる。



 "もう一人の自分" は黙々と、

今もあなたの中で頑張っている。


伝えたいコト

初回のクライアントさんにこちらの想いを伝えようとすると、

必ずと言って良いほど上手く伝わらない。

伝わったとしても、

おそらくこちらの意図したところの1%くらいだ。



それでも毎回仕事を全うし、

何度か来て頂くにつれてようやく徐々に想いが伝わっていくのを感じる。


すると、面白いことが起きる。

その人自身、ご自分と周りの人に対する向き合い方が自然に変わってくるのだ。



私がケアを通して伝えたいことは、

あなたの中に "もう一人のあなた" がいて、
あなたが寝ていても、起きていても、どんな時でもあなたを生かそうと頑張っている。
あなたの都合もあるけれど、どんな状況でも生きようと影で頑張る "もう一人のあなた" の都合もある。
その "もう一人のあなた" の頑張りを無視せず、ちゃんと向き合って欲しい。 
そして 、あなたと "もう一人のあなた" で唯一無二の豊かな人生を切り拓いていって欲しい。



これがそのまま伝わるまでには、忍耐が必要だ。

ただ伝われば、

本当に世界が変わると確信している。


Friday, October 13, 2017

ダム

ダムの役割は何でしょうか?

それは大雨が降った時に洪水を防ぎ、

下流域に水が必要な時に供給するためにある。




実は人の体にもそれと似たようなシステムがある。

次々と降りかかる雨という名のストレス(精神的、物理的、化学的)があまりにも多いと、

下流にある身体を壊してしまうため、

上流で雨水を一時的に堰き止めることがある。



時折、下流に水が必要な時は、

足を組んだり、片足立ちしたり、頭を傾けたりして、

下流に水を供給することもある。




でも上流で堰き止めている状態が長く続き過ぎると、

下流にある身体に水が十分行き渡らずに、

物質である肉体に不具合を来すことがある。






このように、上流で雨水を堰き止めて下流にそのまま水を流していない状態を

脊椎サブラクセーション状態とカイロプラクティックでは言っている。




ダムにはダムの役割がちゃんとある。

カイロプラクターである私の仕事は、本人が望むのであればダムを開通させる事だ。


Wednesday, October 11, 2017

善悪は無い

脊椎サブラクセーション状態を『悪』だと思っている人が多い。


とんでもない。


単に、過剰な負荷から身を守るために自ら "脊椎サブラクセーションモード" になっただけだ。





自分を存在させるためには体という物質が必要となる。

その物質を存在させるのに不都合な過負荷がかかると、

その過負荷を鈍化させる(情報量制限)モードに切り替える。



その状態が継続され、物質的な変化までに至ったのが "脊椎サブラクセーションモード" だ。

"脊椎サブラクセーションモード" になったとしても時折そのモードを切り替えることがある。


それが足を組んだり、片足に体重をかけて立ったり、頭を少し傾けるという行為(クセ)。

(普段足を組む人は、組んだ時と組まない時で呼吸や体の動きを確かめればすぐにわかる)





"脊椎サブラクセーションモード" は情報量を継続的に自分で減らしているからこそ、

不具合を生じさせることもある。



カイロプラクティックの発祥は、

その"脊椎サブラクセーションモード" が一要因となった耳の不具合が、

手によるアプローチでたまたま解消してしまったために、

D. D. Palmerによって "新たな治療法" と銘打って世に生み出された。



理論も根拠も独自性も不十分だった当時は"脊椎サブラクセーションモード" に対する解釈も違ったが、

現段階における私の解釈では"脊椎サブラクセーションモード" に良いも悪いも存在しない。


ただあるのは後天的な価値観による判断だ。



Tuesday, October 10, 2017

誰が主役か

実践の中でクライアントさんの抱えている悩みが消えることがある。

そうすると、

クライアントさんの頭の中には一つの方程式が出来上がる。


『カイロプラクティックによって治った、解決した』と。



しかし、

一番問題なのはその方程式が "カイロプラクターの中" にできてしまうこと。

自分が治した、良くした
施術したから良くなった


それは飛んだ思い違いだ。


クライアントさんの抱えている悩みが解決する姿を目の当たりにすることは素直に嬉しいが、

それは私が起こしたことではない。


クライアント自身がご自分で問題を解決する力があるだけの話。



私がカイロプラクターとして行ったことは、

全身の情報のやり取りを最適化するよう手を貸しただけ。



それ以外はクライアントさんがやったこと。




クライアントさんには、

あなたが頭で考えている以上にすごい力がある。



Thursday, October 5, 2017

無知であること

カイロプラクターはアメリカなどで "ドクター" という立場が確立されている。


"ドクター" と聞けば、

何でも知っている、頭が良い、すごい、かっこ良い、尊敬する

という印象が一般的だと思う。


そして実際に、

そうなりたい、そうでいなければならないと思って誰かの情報を一生懸命学ぶ。








先日、等々力のSpecific in ChiropracTIC careでのグリーンブック勉強会で更に学びがあった。


『我々カイロプラクターは無知であること』

それが重要だ、と。


グリーンブックに度々出てくる "ignorant" =「無知」という単語。


短く、端的に言葉で表現するのはその言葉の重みがそのまま伝わるかが難しいが、



クライアントの体のことは、そのクライアントを存在させるものにしかわからない。

「"ドクター" だから」と生命のことを網羅しているわけではない。

なぜなら、その人を生かしているのは他人である "ドクター" ではなくその人自身だからだ。


そして "ドクター" だからと知ったかぶりしたり、

新しい情報を次々取り入れ、
来る人皆にそれを押し付けることに忙しくするのはカイロプラクターのやることではない。


カイロプラクターは知識や一般平均を他人に押し付けないからこそ、

無知である自覚が重要だ。






『カイロプラクター』にとっての先生はクライアント。教科書や一般平均人ではない。

目の前のクライアントの表現を的確にキャッチし、

どうなれば『カイロプラクター』としての本分を全うできたと判断するのかを明確にし、

そして目の前のクライアント専用の最適な処置を施す。



それが『カイロプラクター』である私のスタンスだ。



Tuesday, October 3, 2017

解釈のひとつ

私が主張するカイロプラクティックの解釈は数ある解釈のひとつに過ぎない。

「カイロプラクティック」

と一言で言っても、

人の数だけ解釈の仕方がある。



それは人それぞれイネイトインテリジェンス(自己を存在させる叡智)が違うからだ。

人は主観から逃れられることはできない。

他と境界線を持つ『自己』である限り、

主観という解釈は人の数だけ存在していて当然だからだ。


そして例外なく、

主観という解釈はその本人にとっては揺るぎない真実であり絶対的に正しい真理だ。





それでも私の解釈に興味を持ってくれるクライアントさんやカイロプラクターもいる。

そんな考え方があったのか、視点が180度変わったと感動してくれる人もいる。

それはおそらく、

私自身が解釈をより深くより広く探求しようとしているからだと思っている。



常に自身が成長することを諦めなければ、

私自身がカイロプラクティックによって人生が変わったように、

何かを本気で変えたいと思っている人の後押しはできると確信している。


カイロプラクティックにはそんな、

シンプルな中に無限に広い世界がある。



Sunday, October 1, 2017

小さなことは大きなこと

日々の実践でカイロプラクティックケアはどんな人にも力になれると確信している。

その中でも特に、

現状を本気で変えようとしている方には真価を発揮する。



実際に私のやっていることはほんの "小さなこと" 。

数ミリ単位の椎骨の偏向性と脳・脊髄神経系への影響を見定め、

必要があればたった "一発" のきっかけを提供する。



たったそれだけの "小さなこと" で、

想像を遥かに超える大きなことが起こる。


時間と共に、

提供したその "小さなこと" がどんどんと大きな差を生み出す。




例えて言えば、

100km先にある目的地に向かってまっすぐ歩く時、

"たった1° " 方向性がずれただけでも目的地には辿り着けない。

ましてや、"たった1° " ずれただけで、

どんどんと目的地から離れていってしまう。

同じ時間を使ったとしても、

結果は歴然としている。




そんな "小さな仕事" を私は提供させて頂いている。

私にできることは "極めて小さなこと" 。

その "小さなこと" に価値を見出してくださる方々の力になれるよう、

もっともっと "小さな" 鍛錬をしていかなければと更に身が引き締まる。