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Wednesday, October 11, 2017

善悪は無い

脊椎サブラクセーション状態を『悪』だと思っている人が多い。


とんでもない。


単に、過剰な負荷から身を守るために自ら "脊椎サブラクセーションモード" になっただけだ。





自分を存在させるためには体という物質が必要となる。

その物質を存在させるのに不都合な過負荷がかかると、

その過負荷を鈍化させる(情報量制限)モードに切り替える。



その状態が継続され、物質的な変化までに至ったのが "脊椎サブラクセーションモード" だ。

"脊椎サブラクセーションモード" になったとしても時折そのモードを切り替えることがある。


それが足を組んだり、片足に体重をかけて立ったり、頭を少し傾けるという行為(クセ)。

(普段足を組む人は、組んだ時と組まない時で呼吸や体の動きを確かめればすぐにわかる)





"脊椎サブラクセーションモード" は情報量を継続的に自分で減らしているからこそ、

不具合を生じさせることもある。



カイロプラクティックの発祥は、

その"脊椎サブラクセーションモード" が一要因となった耳の不具合が、

手によるアプローチでたまたま解消してしまったために、

D. D. Palmerによって "新たな治療法" と銘打って世に生み出された。



理論も根拠も独自性も不十分だった当時は"脊椎サブラクセーションモード" に対する解釈も違ったが、

現段階における私の解釈では"脊椎サブラクセーションモード" に良いも悪いも存在しない。


ただあるのは後天的な価値観による判断だ。



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