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Sunday, January 14, 2018

楽であろうとする

人の体は常に "楽であろう" と頑張る習性を生まれ持っています。


それは "楽をしよう" とは少し違いますが、

生きること自体が命の最大の使命と考えるカイロプラクティックでは、

無意識で行っている行動は "楽であろう" と体が頑張っている証拠だとして見ています。



例えば、

椅子に座っている時、自然に足を組んでいませんか?

寝る時に右か左を自然に向いて寝てませんか?

右か左の肘置きにずっともたれかかってませんか?

立っている時に気付いたら片足で立ってませんか?

証明写真を撮る時に顔が傾いてると言われた事はありませんか?

出勤でいつも同じ道を通ってませんか?

話をしていて口癖を指摘されたことはありませんか?

自分なりの方程式を持っていますか?

決まった人以外に会いたくないと思っていませんか?

行ったことのない場所に行ってみようと思えずに尻込みしてませんか?

以上をひとつずつ読むのを途中でやめてスクロールしませんでしたか?





挙げればキリがありませんが、

すべて無意識にやっていることは生きる上で "楽であろう" としているために行っています。

それは全く悪い事ではなく、むしろ生きるためにやっている本能的な行動とも言えます。




常にストレスを受けながらもそのストレスを有効活用するのが生き物の特徴ですが、

そのストレスの対処には体力が必要です。


しかし体力を消耗しすぎて「生きる」という最大の使命が本末転倒にならないよう、

常にストレスに対して "楽であろう" と体は試みています。



そのひとつが脊椎サブラクセーション状態でもあり、

その状態から脱した時には性質の異なる "楽さ" がそこにはあります。






少し分かりづらいかもしれませんが、

生きるために "楽であろう" と試みた結果が脊椎サブラクセーション状態で、

そこから抜け出すと "楽に" 生きることができる状態になるということです。



何か周りの人や自分を省みた時に、

このブログがその生命の特性を観察するきっかけになれれば幸いです。


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