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Wednesday, February 21, 2018

そもそもの話

「前提」は何気ない行動の裏にあるものですが、

その「前提」が共有できていない事がミスコミュニケーションを生んで、

終いには相手を否定し合うという建設的ではない状況を創り出しています。


カイロプラクティックも同じです。

6/21(木)に開催するセミナーでは、

D.D. Palmer、 B.J. Palmer、そしてその時代背景を含めて

彼らがどう考え、どう表現してきたか、

そして、

今の日本の現状を鑑みてこれからどうしていけば良いのか、

主にそのテーマに則って私は講演をしようと考えています。



昔の人も今の人も同じですが、

言ったことそのものよりも、その背景、前提が違えば意味合いやターゲットが大きく変わってきます。



表現は結果でしかありません。

昨今、言葉狩りが流行っていますが、

表現という枝葉ばかりに気を取られて、最も肝心な大元がおざなりになっていると日々感じています。

そして世界的に枝葉である表現ばかりを磨くセミナーが多いのは事実です。




読書は苦手ですが、

『行間を読め』

という事に近いのかもしれません。


なぜD.D.はこう言ったのか、やったのか、

なぜB.J.はこう言ったのか、やったのか、

言った事やった事よりもずっと、

その背後に潜んで見えない「前提」を共有することの方が今後のカイロプラクティック界では大切だと思っています。



表現も大切です。

そしてその背後にある「前提」も同じように大切です。



今一度、ご自身のそのバランスを考えてみては如何ですか?




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