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Friday, November 23, 2018

無知である自覚

私たちには、

「後天的に得た叡智」と「先天的に持つ叡智」の両方があります。

噛み砕いて言えば、「意識」と「本能」と言ったところでしょうか。



カイロプラクターは不思議な命と向き合う仕事なので、

欧米では医学教育を何年も掛けて受ける必要があります。



しかしながら、

学生の「知識」が増えるに従って不思議な現象が起き始めます。

“人体について、なんでも知っている” 

という錯覚に陥るのです。



ましてや、資格を取り学校をひとたび出れば「先生!、ドクター!」と呼ばれ、

更に自分の立ち位置を履き違えていってしまいます。




さて、

何年もかけて学び、これでもかと言うほど知識の理論武装をしたカイロプラクターは、

“人体のスペシャリスト”でしょうか?



あなたの命が『今』必要としている、

適切な血圧や、血糖値、心拍数、全ホルモン量、交感神経と副交感神経のバランス、脳、神経活動状況、呼吸数、血中酸素濃度、消化液量、全身の各細胞のリニューアル周期、何の栄養素が必要で何が不必要なのか、どの遺伝子を発現すべきか、どの細胞を壊すべきか、

上記だけでなく、

その人がその人でいられる為に必要なすべては、

他人である“よく勉強した”カイロプラクターにわかるのでしょうか?

医学書が正しい答えを持っているのでしょうか?

統計的に導き出された幻の“平均人”が正しいのでしょうか?

誰がその人を生かしているのでしょうか?




すべての事を知っているのは唯一、「先天的に持つ叡智:本能」だけだと言う事です。

後天的な叡智:知識によって、統計的な“最もらしい事”は言えます。

ただ、目の前にいる唯一無二のその人にとっては、

その“最もらしい答え”では不完全です。



“ドクター”の意味を履き違えてしまっている人は、

“自分の得た知識を患者に教える”という姿勢で人と接する事でしょう。


確かに“ドクター”の語源は「教える人」ではありますが、

カイロプラクティックのアイディアを的確に捉えられていれば、

“よく教育された”カイロプラクターの知識を押し付けることはしないはずです。




ドクターオブカイロプラクティック(Doctor of Chiropractic)は何を教えるのでしょうか。

それは、
「あなたも私も(後天的な叡智だけでは)無知である」

ということです。


様々な情報をインプットして人体について賢くなったつもりでも、

それが如何に不完全で的外れかを教える必要があります。



それをカイロプラクターは検査を通して目前の命から教えてもらい、

それを目前の人に伝えるのです。




後天的な叡智:知識 だけでは、不完全で的外れで間違う事がありますが、

先天的な叡智:本能 はすべてを知っていて、間違うことはありません。


自分の本能から、自分を学びましょう




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