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Thursday, October 31, 2019

これなら!

初めてカイロプラクティックケアを受けたのは10代はじめの頃。

今思えばそれはマッサージでしたが、人の体に携わる仕事に魅力を感じて

「カイロプラクターになりたい!」

という思いを強く持つようになり、

14歳の時に初めて学位を持った先生のケアを受けた時の喜びは未だ忘れません。



『これなら、本当の意味で健康になれる!』


神経を邪魔する背骨を施術することで健康になるというコンセプトが、

それまで症状を対象にしていた“治療”とは一線を画しているのは中学生の私でもはっきりわかりました。


そこから国際基準の学位が取得できると謳う大学に入り、

東大を始め名だたる名門校の先生達の下、人体について取り憑かれたように勉強に励んでいました。

「医師と同じレベルに立つんだ」と意気込んで勉強していた学生時代、

ふと、「これなら医者になった方が早い」と思い、

“医師と同等のカイロプラクター”という中途半端な肩書きのために勉強していることの

無意味さに気づいてしまいました。


「カイロプラクターになるにはカイロプラクティックの勉強をしなきゃ意味がない」


そう思い、学校の勉強と並行して片っ端からカイロプラクティックの勉強をはじめました。

そこで Sherman College of Straight Chiropractic卒の嶋田慶三郎 D.C. と出会い、

人生で二度目の

『これが本物だ。これなら本当の意味で健康になれる!』 

と14歳の頃に受けた衝撃と同じような衝撃が7年越しに訪れた事を、

昨日のことのように覚えています。




そして独立して7年目を迎えている今日、

当初の考えから理解を深め、多少の言葉の違いはありますが、

『これなら本当の意味で体が変わる、人生が変わる』

と、確信を持って人様に提供できると改めて思っています。




私たちカイロプラクターの専門は [脊椎サブラクセーション]。

過酷な環境から自身を守るために発動する自己防御反応であり、

脳と全身間の情報量を制限する= “ごまかす” 事でその場をやり過ごすものが

長期に及ぶと心身のどこかに無理が生じるために、

それを取り除く一助としてカイロプラクターの存在意義があります。



簡潔に言うと、

 『ごまかさない体』をつくるためにカイロプラクターが存在します。


決してごまかすことを批判しているのではありませんが、

結局ごまかし続けると困るのは自分。

もうこれ以上、ごまかす事に限界を感じている人に一つの選択肢としての提案です。



『これなら、本当の意味で体が変わる、人生が変わる』


Thursday, August 15, 2019

脊椎サブラクセーションに対する向き合い方

ピアニストである彼女は、カイロプラクティックケアを受けて約8年。

イネイトと脊椎サブラクセーションに対する理解がここまで進んだのは、

彼女が彼女自身と真剣に向き合ってる証拠です。

全てはピアノで人々を幸せにする為。

彼女の手記をそのまま以下に添付します。

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『サブラクセーション』

先日カイロプラクターの彼とサブラクセーションのことで喧嘩した。

サブラクセーションは寝たら取れるという彼の考えに私は強烈な怒りを覚えた。

大学3年生の時にカイロプラクティックを知り早くも約8年、私はサブラクセーション状態にない体にするために必死だった。サブラクセーションフリーであるということが、自分のパフォーマンスを100パーセント出すことができると思っていたから。
もちろんその事実に間違いはない。でも、100パーセントの自分をもっと知りたいと頑張るがあまり、私はそのサブラクセーションという言葉に対して過敏になっていたのだ。だから自分のパフォーマンスの可能性を知って喜びの反面ストレスと恐怖は常に隣り合わせだった。


休むということの本当の大切さを知らなかった私への最初のアジャストは私に強烈な影響を与えた。
そして素直に反応した体に対して体の声を聞くことに全力を尽くした。
そして3年前からはアジャストメントを全く必要としない体になった。

自分に制限を与えその中でベストを尽くし、徐々にその範囲を広げていった。
ヒールをやめる、アクセサリーをつけない、髪型も前髪をあげるなど年頃の私にはオールバックの髪型にとても抵抗があったが見た目を気にしず体の負担をなくすことを優先、服も体を縛り付ける形のものはやめる、カバンはリュックに変えて紐の長さも背中にぴったりいわゆる日本ではダサい感じの背負い方でもおしゃれなんてどうでもいい、ピアノの椅子の高さ、栄養ドリンク、お酒も飲まない、刺激物も食べない、体がとにかくフリーになるように最初は徹底的に自分に制限を与えた。

アジャストが必要なくなった今ではカイロプラクティックに出会う前の自分に近い感覚まで広がった。
アクセサリーもつけれる、ヒールも履ける、ピアノの弾き方も含めて自分に合ったスタイルを少しずつみつけられるようになった。

良いことも悪いことを分からせてくれるサブラクセーションが悪いことは何一つない。
ではなぜ彼の考えに強烈な怒りを覚えたか。

その理由は2つ。

1つは元々は彼自身も間接的にサブラクセーションはカイロプラクターによってとられ、クライアントはカイロプラクターが力を貸したことにより、フリーの状態になるということを私にも言っていた。

もう1つは、これまでカイロプラクターによってサブラクセーションフリーの状態を脳に教えるよう導いてもらい、その感覚を常に100パーセント保てるようにシビアになっていた私にとって、サブラクセーションフリーに関して彼の中に元々合った考え方が明確化し、サブラクセーションはカイロプラクターが手を加えなくても寝ていればその人の力で取れるというこの事実は、私の中にあるサブラクセーションという1つのストレス要因を完全にないがしろにされた気分になった。


でも結局は1つ目も2つ目も結果的に大した理由にはならない。

サブラクセーションという私の中のストレスは、私にとってはとても大きなものだった。でもサブラクセーションは寝たら取れるという考えを聞いて、その後彼に質問攻めしだんだん怒りが安心に変わった。
これはカイロプラクターのアジャストが必要ないと言っているわけではない。
カイロプラクターの確かな感覚とその目で精密な検査をしてもらって自分の状態を知る、そしてアジャストが必要なときにアジャストをしてもらうことで、私たちは自分の状態に気づくことができる。

常にサブラクセーションフリーでいるなんて、できるわけない。
だって私たちは生きてるんだから。
生きてればいろんなことが起こる。思うようにいかないことだって山ほどある。
生きている限りサブラクセーションフリーな人なんて最初からいない。

喧嘩になったとき、彼のサブラクセーションの考えを聞いて私はかなりパニックに陥った。
自分がこれまでサブラクセーションフリーを保っていることに自信はあった、でもそれは私だけの力ではないと思っていた。
私は自分への自信の持ち方がわからなくなっていたのだ。
私の力でこれまでやってきたなんて彼に言われたところで正直なんの説得力もなかった。
ずっとカイロプラクターなしでは生きていけない自分がいるのが嫌だった。

でも彼のいうことをよく考えれば、私の元々の考えも今の彼の考えも何も相違はない。

ただ今の私にいえるのは、カイロプラクターのアジャストがあったからこそ、短い時間でも休息をとればちゃんと体はフリーにもどる、寝れば自分でサブラクセーションフリーになるということ。

最近よく彼が口にしていて、ずっと私の中で考えてた「問題はサブラクセーションかどうかじゃなくてサブラクセーションでいる時間がどうなっているのか」も、やっと少しずつわかってきた。


私がこれまで自分と向き合ってきたことも、何も間違いではない。私にとっては必要なことだった。ただもうサブラクセーションにビビらなくても良いということ。
私の体は私が1番よく分かってる。
彼氏がカイロプラクターで良いねと言われることがあるけど、正直何もよくない。
いつも見られてるみたいですごくいやだ、でもだから私は自分にもっと自信を持ちたい。

もちろん彼じゃないとわからない体のことは沢山ある。
でもこれからは自分で自分の体の声をよく聞いて、新しい自分に出会っていきたい。


言い争いっていやな気にしかならないけど、今回はとんでもない収穫だったな。
お互いお疲れさま。


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これから益々、彼女は自由に力強く羽ばたくことでしょう。



Wednesday, July 10, 2019

こうあるべき


日々、ひとりひとりクライアントさんと接していると、

気付かされることがあります。


私達は常日頃、

「こうあるべき」
「〇〇でなければいけない」

という幻に如何に囚われてしまってるかということ。


仮に「こうあるべき」というものがあっても

それは本人のみに適用されるものであって、

他人に押し付ける行為はまるで、

足の形に合わない靴を“無理矢理履かせてる”ようなものです。


無理矢理履かされた人の足は一応それに適応しますが、

元々合わないものに“合わせてる”為に、

変形して痛みを伴い、本来の機能を失ってしまいます。

必ず無理が来るという事です。

元が違うので当然ですね。




カイロプラクティックでも同じで、

カイロプラクター側の「こうあるべき」、

医療の「こうあるべき」、

どこかの誰かが言った「こうあるべき」を

特性が違う人に“無理矢理はめ込む”と、

その人は真に、体の底から自分を生きる歓びを得られません。

そして、無理が来てしまいます。




私が今のカイロプラクティックをやっている理由は、

一人一人違う特異性のあるユニークな存在を

そのままに活かすことができるからです。

2015年に立ち上げたTIC道という組織も、

何一つ互いを強要する事はありません。



「こうあるべき」は持ってて良いんです。

ただ他者に強要するのは、

スペシフィック(特異的)ではないですね。



Friday, January 18, 2019

より安く…

世の中にはとにかく「安く、安く」という風潮が多数派だとは思います。

先日エアコンの業者さんと話をした時に、

 “良いものはやっぱり最初はお金がかかるけど、
     能力は全然違うしちゃんと手入れすれば長く使えますからね”


と、ふと仰った言葉に強く共感しました。


 “別に悪いってわけじゃないけど、ここのメーカーさんも、
     数年おきに買ってもらうために部品も作りも安くできてるんですよね〜”

とも。


企業としての方針によって生産されるもののクオリティは違いますが、

売上を増やすビジネスの大原則は、

『安く作って、多く売る』

つまり大量生産することによって原価を相対的に下げて、相場でできるだけ多く売ることが

今現在、大きな企業のほとんどが実践してきている方法です。

だからこそ誰もが知る“大企業”になれたということは言うまでもありません。



エアコン業者さんと同じく、それが悪いとは私も思いません。

それはその企業の方針であり、目指している方向性です。

実際、大企業は多くの人生に貢献しているからこそ、対価を頂いているわけですから。

私も安くて助かったことなんていくらでもあります。



でも、私が目指す方向性とは違うなと、今回のことを経て改めて思いました。

私の父がよく言っていた、

   “安物買いの銭失い”



今だけを考えれば安いほうが財布に負担は少ないでしょう。

でも結局、安いものは質がそこそこ、おまけに長持ちはしません。

長い目で見たら結局、“高価なものの方が安くすんだ”なんてこともあります。



もう一度立ち止まり、提供している側の指針を見定め、自分の意志を明確に持ち、

納得のいく消費をした方が良いかもしれませんね。


Thursday, January 10, 2019

自然体の美しさ

「自然体」という言葉は日本語でよく使われますが、

どの分野においても『感動』を抱かせるものの殆どが「自然体」の表現だと思います。


演技に関しても、演奏にしても、演舞にしても、

“嘘” を演じているのではなく、

その人の中にあるものを無意識的に表出させることができた時に初めて、

人は心の琴線に触れることができるのだと思います。




周りの意見や多数派、一般論という架空の模範回答に合わせて(合わせられて)、

私から見れば “不自然体” に陥り苦しんでいる人がたくさんいます。



脊椎サブラクセーションという状態は、

“不自然体” と言っても過言ではありません。

それが良い悪いという問題は各個人のものですので

どちらで居たいかはご自身で決めるべきことです。


でも長い目で見ると、

 “自然体” であることは、自分も、そして自分が関わる大切な他者も幸せにすることは

揺るぎない事実だと経験を通して言えます。


あなたは自然体ですか?

2019年も自然体になる手助けをすると決意して参ります!